情報オーバーロード
(情報過多によって意思決定がマヒ)
現代人の1日の情報量は、
平安時代なら>一生分
江戸時代なら>一年分
らしい。
たしかに、能とか狂言や歌舞伎の
しゃべり方なんて遅いし、情報量少ないかも。
ドロドロした話し方だし、1個1個の言葉に
重みがある。
歌舞伎の話しなんか「仇討ち」なんてあるけど、
精神論が重い。
今の時代は禁止もあるだろうけどほとんどしない。
言葉だけでなく、建築資材も、
太古の昔は、重い石を積み上げていたものが、
軽い建築資材になっているし、
電化製品も、小型で軽いが流行る。
ウォークマンとかカセットだったのが、
今や小型のMP3プレイヤーだし。
つまり、全体的に「軽量」になっていいはずなのに、
情報量は「重くなっている」
でも、それはストレス溜めたり、マヒするから、
情報量を軽くしなくちゃ、になる。
ということは、人間性も、重みがあるよりも、
現代人はどんどん軽くなっているし、
そのほうが時代に合うのかも。
つまり、チャラ男、チャラ子になったほうが、
先進性のある人間ということになる。。のかな。
しかし、話しはもどって、
現代人の1日の情報量は、
平安時代なら>一生分
江戸時代なら>一年分
には驚いた。
たしかに、その時代の人は、
毎朝、テレビつけて、ニュース見ないし、
天気予報もみないしスマホもみない。
電車にのって満員電車にのって不快な思いもしないし、
ヘッドフォンして音楽も聴いてないもんね。
お酒の休刊日も必要だけど、
情報の休養日も必要なのかも。
現代人こそ、坊さんのように、無になる訓練が
もっともっと必要になってくるのかもしれない。
無になる商売しようかなw
「無になるカフェ」
「無になる居酒屋」
「無になれる賃貸」
